善く生きるための哲学
瀬口 昌久 教授
【人間社会 哲学
倫理学】
研究キーワード:西洋古代哲学、古代ギリシア・ローマ、プラトン、工学倫理
研究分野に興味をもったきっかけ
十代の頃に関心があったのは文学や映画で、高校時代には小説を書いたり、8ミリフィルムの自主映画を制作したりしていました。大学で古代哲学を専攻するきっかけとなったのは、有名な「アキレウスと亀」というゼノンのパラドクスについて書かれた一つの論文です。俊足のアキレウスが少し先を行く亀にいつまでも追いつけないというのは詭弁のようですが、そのパラドクスが時間や空間、運動や変化を自明のものだとする常識を突きくずし、合理的には説明が困難であることを論理的に示したものだと教えられ、とても驚かされました。そして、その論文を書いた哲学者のもとで、哲学を学びたいと思うようになったのです。
研究の概要など
私の研究は、西洋古代哲学(古代ギリシア・ローマの哲学)と工学倫理からなります。
西洋古代哲学
西洋古代哲学の歴史は、前6世紀初頭から後6世紀初頭までの約1100年間にも及び、数多くの個性的な哲学者とさまざまな学派を生みました。なかでもソクラテス、プラトン、アリストテレスが最も重要でよく知られていますね。私の研究もプラトンの哲学が出発点です。プラトンによれば、人間は誰もが幸福に生きたいと願っていますが、それは善く生きることにほかならず、そのためには、自分が生きるこの世界を知り、何が善い行為であるかを知ることが必要です。Philosophyとは、世界についての知識と善い生き方の知恵を求め続ける営みを意味します。そのためプラトンは、生死に関わる心身関係から、学問、教育、国家、法律、芸術、技術、自然、宇宙といった幅広い分野について知の探究を行ない、ソクラテスを主要な登場人物にして対話篇と呼ばれるドラマを書き残しました。私のプラトン哲学の専門的研究は、世界を善く生きるための知の探究という観点を重視したもので、『魂と世界――プラトンの反二元論的世界像』(2002)にまとめられています。また、善く生きることは、高齢になっても問われます。現代日本では超高齢化社会が問題となっていますが、古代哲学は老年も対象にしています。その意義を明らかにしようとして、『老年と正義―西洋古代思想にみる老年の哲学』(2011)という本を書きました。そして、近代科学は、西洋古代哲学の「自然の探究」にその源があります。近代科学の世界像にも採用された古代原子論を取り上げた『ルクレティウス 「事物の本性について」』(小池澄夫との共著、2020)では、古代原子論が近代科学や文学にどのような強い影響を与えたかを解説しています。
工学倫理(技術者倫理)
「工学倫理」や「技術者倫理」の授業を担当するようになり、工学倫理の研究をするようになりました。工学倫理は応用倫理学と呼ばれるもので、日本では約20年前に大学の工学部に導入されるようになったまだ新しい分野です。そのため工学倫理とは何か、その教育内容は何かを考えるために、同僚の藤本温先生と共に名古屋工業大学技術倫理研究会を立ち上げ、学外から研究者や技術者を招いて講演会や研究会を開催しています。その研究会活動を発表するために、学内外の協力を得て、『技術倫理研究』という研究誌を刊行し(2004年)、2020年で17号になりました。『技術倫理研究』のウェブページから、機関レポジトリにいけば、バックナンバーに掲載された過去の論文や講演記録を読むことができます。世界にとって工学や科学技術のより善いあり方とは何かを共に考えるために、こうした取り組みが少しでも役立つことを願っています。